前号に続き吉郎の妻宛の益夫の手紙を取り挙げる。益夫は、不正融資事件で有罪判決を受け服役したが、病院の出資証券は一部を手元に温存させつつ、残りを吉郎に預ける形で2億5000万円を借りたという。そして、出所後にそれを返してもらおうとしたが、吉郎から拒否された揚げ句、病院へ顔を出すことも拒まれた。さらに家族や親族にも会うことさえできず、孫が結婚したことすら人づてに聞いたという。吉郎の冷酷さが明確に分かる。
《暇になると私は理事長のことが心配でたまらないんです、正直言って。心配で、心配でたまりませんので、いつまでたっても、まだ10歳か15歳の吉郎君なんです、私の頭の中では。しかし仕事も立派にやっております。立派にやり遂げておりますので、幸さんがしっかりして、悪いことは悪いこと、いいことはいいこと、人の道を外れたら絶対にやかましく言って正してください。お願いします。本当にいろいろと言いたいけども、私が字を書けないので、今、テーブルの上にスピーカーを持って来て、録音して、これを清書してもらって、手紙にして出しますので、字が書けませんので、お許しください。
どうか3人の孫が幸せに生きるように、また幸さん、吉郎君が仲良くいるように祈ってます。
私は間違いなくもう長くはないということは、自分で分かっております。それでも一切何も言いませんので、私が何とかなったときには、身内だけで、幸さん、やってくださいね。身内だけで、誰も金にはしないからやってもらいたい。
今日は初めていい気持ちで、私もばかじゃないけど、幸さんはこれだけ分かってください。親子だから、たまにはしゃべりたいことがあるんです。何もなくても、話したいことは頭にはあるんです。でも、会いたいな、話ししたいなと思っても、まず、20回電話をかけても、電話の1本も来ません。ヤスロウも30回かけても1本も来ません。せめて、外部に分かることじゃないんだから、私から電話が行ったら「俺に何か用事があったんか?」「いや、用事はないけども、声を聞きたかったんだよ。病院はうまく行っとるんだな」というぐらいのことなんです。それを私が、時間とか約束とか、そういうものは、もう完璧だから、電話かけたら、すぐ返事が来るものと思っとるもんだから、かけてもかけても留守電、留守電、留守電。メッセージ入れても、一切返事も来ない。
しかし、事業家は逃げてはいけない。堂々として、ましてや親父だから、何もめんどくさがらずに、まあ欲を言えば――欲ですよ、私の欲を言えば、三月にいっぺんぐらいは、「親父、どっか小さいとこで焼き鳥でも食べに行こうか」とか、「お茶でも飲もうか」と言うぐらいのことはあってよかったと思うけども、何せ、私と会うのが嫌、ものを言うのが嫌、ということ。しかし生活費だけは、今、50万ずつ、1年2カ月間送って来ております。ちゃんとありがたく受け取っとります。ありがたく受け取っとります。間違いなくやってくれていますので、感謝しています。
それも、普通であれば、もう要らないと言って、やらないほうがいいんだけども、皆が、「ロクさんの子どもさんは皆立派ですね。お父さんをちゃんとここにおらして、立派ですね」と言ってもらっていますので、私がいなくなったらどうしようともいいですけども、これも吉郎さんに迷惑掛けるつもりはなかったのです。懲役に行くので、2億5,000万担保に入れて、吉郎さんから借りました。それで帰って来て、すぐ返せる段取り、計画はしてあったから、帰って来て、返してもらおうと思ったけども、帰ってみたら、もう恥でいかんです。「恥ずかしいのをどっかで出たもので、預かります」という手紙も来てましたけども、それは吉郎君個人に預けたんですけども、それもあれは、病院のほうに12億5,000万で売られておるから、もうどうにもならん、病院から利益の10億は個人として取りたかったんだろうなと思ったから、もうそれに私は触れておらずに、黙っておるところなんです。
病院は社会の認めることだから、一歩違うと、またとんでもないことになりますから、真面目にやって、真面目にやっとってください。それは社会的に認められる仕事ですので、どうか、幸さん、もう二度と病院の土台はできません。そこを思って、大事に大事に、夫婦で協力し合って。幸さんの協力がなければできません。吉郎君もヤスロウ君も人のいいところがあるから、よく監督をして、仲良くしながらやってください。
今日はお礼のつもりでしたけれども、久しぶり、出す手紙ですので、いろいろ舞い上がって、いろいろ訳の分からんことを言ってますが、それはそれで、私の言いたいことはくみ取ってください。私の言いたいことは前向きにくみ取ってください。
私は、今、何とか皆さんの協力で、本当に人の情けというもの。皆の協力で、私は逃げて歩きません。堂々としておりますので、宮崎でも東京でも、皆が協力してくださって。バンジュンさんにしても、警察の人たちなんか、その時の事件の時の人たちは、皆守ってくれております。どうか、私も、彩夏と銀座をショッピングに歩くということが夢でした。また手紙でユウト君が何回も何回も、ビリヤードで、「ビリヤードをおじいちゃんに教えてやるから」という手紙も来てました。それを夢見て、行かないけども、夢見て、どうしとるかなと思っております。
どうか、体だけには気を付けて、皆家族、1人倒れても駄目ですから、家族全員、体だけには気付けてください。吉郎君の神経質なところはちょっと気になるから、これも早めに病院で診たほうがいいと思います。
本当に、今日は手紙、私の好物のお菓子を送ってくださったことを心から感謝しております。ありがとうございました。早速テープを手紙にして送りますので、中に訳の分からないところ、いっぱいあると思いますが、そこはいつものあれで、お宅たちの勘で読み上げてください。
幸さん、頑張るんですよ。負けてはいけない。しっかり、ビジョンは、しなくちゃいけない。女がしっかりしとるところは絶対成功します。はい。私もお母さんを苦しめたから、今は毎週お墓へ行くのが私の日課です。毎週行っとります。10年間通ってます。
どうか、罪は許してくれると思いますので、苦労掛けたな、若いのに苦労掛けたなと、すまなかったという気持ちはお祈りしてあげてますので、どうかお許しください。彩夏によろしく、よろしく言ってください。どうもありがとうございました。》(つづく)