「合意書に基づく株取引は実行された」を裏付ける西レポート(3)

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西義輝が書き残した「鈴木義彦がユーロ債(CB)で得た利益について」を取り上げる中で、宝林株に始まる鈴木と西の株取引の実態がより鮮明になったと思われるが、裁判官は株取引の基になった「合意書」を何故無効と断定したのか? という疑問が強くなるのは当然だ。
鈴木が実行した株取引のうち、「エルメ」もまたエフアール(なが多 クロニクル)と同様に商号変更を繰り返し、「アポロインベストメント」と社名を変更した後も鈴木はユーロ債の発行、第三者割当増資の実施企業として何度も利用した。
鈴木はエルメ株の工作で「2002年(平成14年)5月に総額約12億円(44円/2700万株)を発行」させたが、「これは宝林で協力を戴いた平池氏の案件であり、エルメにユーロ債を発行させる運びとなった」ということから鈴木のみが引き受けることになった。
「当初の約束では、平池氏に対して割り当てた株数のうちの100万株を割当価格にて譲渡する条件」で、平池がユーロ債発行に尽力し、株価も一時329円まで急騰して鈴木は約20億円の利益を上げたが、約束を破り平池には100万株を渡さなかった。「平池氏は鈴木に大変な憤りを感じ、後にあらゆる鈴木の身辺調査をすることに」なるという。このような事態は鈴木の身辺ではいつも起きる。鈴木が平気で人を裏切り、利益を独り占めにするからだ。
なお、エルメはアポロインベストメントと社名を変えたが、「2005年(平成17年)春に、約23億円(44円/5300万株)にてユーロ債及び新株予約権を(鈴木は)引き受け、約30億円の利益を得た」という。そして翌平成18年以降、アポロインベストメントはステラグループと商号を変え、同興紡績ほかいくつもの企業を傘下に治めて行ったが、これは全て鈴木の差し金によるものだったという。グループには不動産取引を扱う企業もあり、鈴木の友人、青田光市も日常的にグループの本社に“勤務”するような行動を取っていた。

これまで見てきた主要な株取引に加えて、鈴木は数多くの銘柄にも手をつけていたが、イチヤ、南野建設、シルバー精工、エスコム、オメガプロジェクト、東海観光等その数は20前後にも上る中で約25億円の利益を上げていたという。こうして鈴木が国内外に隠匿した利益の総額は470億円を超える巨額に達した。
鈴木が仕掛けた銘柄で常に巨額の利益を確保してきたことに、不可解で有り得ないと思われる読者も多くいるに違いない。それは当然のことだったが、そこにはカラクリがあった。西の存在である。「エフアール」の株取引で紹介したように、西は株価買い支えのために12億円の損失を蒙りながら、鈴木は利益を応分の負担も分配もせず独り占めした。つまり、西が株価を買い支えるために資金支援を仰いだA氏が損失全額を被ったことになる。
1999年(平成11年)から2006年(平成18年)までに、A氏が西の要請に基づいて支援、協力した資金は総額207億円にも上ったというが、全ては「合意書」に基づいてのことであり、当然、鈴木は国内外に隠匿した利益をA氏や西に分配しなければならなかった(ただし、西は鈴木との密約で合意書破棄の名目で10億円と宝林株の利益分配金の一部30億円を受け取っていた)。
平成18年10月16日に、その分配をめぐるA氏と西、鈴木の三者協議が持たれて、鈴木はどこまでも「合意書」の有効性を否定したが、紛議の解決のためと称してA氏と西にそれぞれ25億円、そしてA氏には2年以内にさらに20億円を払うと約束して「和解書」が作成されたが、その後、A氏が蒙った買支え資金の総額207億円の内、鈴木関連の買い支え損が58億円超であることを鈴木がA氏に確認した上で、「それを清算した上で利益を3等分する」ということまで口にしながら、約束を反故にして行方不明を決め込んだ。こうした事実が「合意書」から「和解書」に至る7年間に連綿として積み上がっていたにもかかわらず、裁判官はその全てを無視してしまったのである。(以下次号)

2023.07.27
     

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