宝林株で160億円もの利益を上げたにも拘らず、A氏に隠していた鈴木は、第1回目の宝林株の配当を支払った7月30日以降、西に言い訳をさせながらA氏との接触を避けて隠匿している資金を運用して新たな株取引を始めていた。好条件で雇い入れていた紀井氏に売りの指示を出していたが、株価の上昇を促すのはA氏から買支え資金の支援を受けていた西の役目で、紀井氏は売りのタイミングを間違えさえしなければ、利益が間違いなく得られる仕組みだった。鈴木は株価の維持や高値誘導に金も時間も取られることなく、仕掛ける銘柄の仕込みに精力を傾ける事が出来た。株価が乱高下する中で利益を出さなければならない鈴木にとって、株価の高値誘導のための資金の心配をしなくていい、どころか利益が確実に見込まれるだけに、これほど都合のいい話はなかった。鈴木は銘柄を仕込む環境づくりと称して、西に指示して銘柄企業との交渉の窓口となる「ファーイーストアセットマネージメント」(FEAM社)という会社を設立させ、運転手付きで高級外車のベンツを手配させただけでなく、役員報酬を出すよう要求した。さらに鈴木の実父と愛人(サラ)にそれぞれ60万円と50万円の給与まで出させたのだ。鈴木はこの時、西に「かかった費用は後で必ず清算する」と言っていたが、実際には補填しなかった。また、西は西で、費用の全てをA氏からの買支え資金の一部を流用していたようだ。こうした中で鈴木は利益の大半を隠匿しつつ相場を操作し、さらに大きな利益を獲得していった。ちなみに、親和銀行事件の被告だった鈴木には公判の成り行きに気掛かりがあったのか、鈴木と一緒に逮捕起訴されたエフアール専務の大石高裕氏の「口を封じたい」と言って、西に大石氏の妻に5000万円を渡す依頼をし、西はFEAM社からその資金を用意してわたしていた
しかし、鈴木の頭の中にはA氏と締結した「合意書」の存在が常にあった。A氏に「合意書」の履行を追及されると厄介な事になる事は分かっていて、何としても「合意書」を破棄しなければならないと考えていた。そこで鈴木は西に「このままでは我々の取り分がほとんどない。2人で利益を折半するために合意書を破棄してAを切り離したい。何とかAが所持する合意書を破棄できないだろうか。成功すれば10億円の報奨金を払う」と悪魔のような囁きをした。当初からA氏からの融資の分け前を受け取るという密約を交わしていた西は10億円という報酬に目が眩み、鈴木の提案を受け入れて、合意書破棄の陰謀に加担する約束をしたのだった。この10億円は、その後、「合意書を破棄した」と言う西の言葉を受けて、数回に分けて紀井氏から西の運転手の花館聰を経由して西に支払われたのであった。
更に鈴木にはもう一つの恐ろしい計画があった。それはA氏に預けている約束手形の回収であった。エフアールは上場会社の為、年1回の決算には会計監査が入る。その時に使途不明の手形を発行していることが発覚すれば監査が通らない。監査をクリアしないと上場廃止の処分を受ける事になる。前年の決算時は、鈴木が親和銀行事件で拘留されていた為に西がエフアールの天野常務の依頼で13枚の手形を一時的にA氏から預かり、会計監査を潜り抜けていた事を鈴木は天野から聞いて知っていた。
A氏もまた前年の事があったため、平成11年の9月の決算時にも鈴木の依頼を受けて来た西の申し入れに協力しようとした。しかし、西から「債務完済の書類」も依頼されたために躊躇したが、西が「あくまでも便宜上の事です。私が一筆入れますからお願いします」と言ったために、訝しく思いながらも協力したのであった。A氏は2カ月前(7月30日)の15億円(宝林株利益配当と2人の債務返済金)を受領している事もあって、深く疑う事は無かったのではないだろうか。しかし、これが鈴木の悪辣な罠だったのだ。鈴木は、こんな大事なお願い事を西1人で行かせ、電話で「無理を聞いて戴いて有難うございました」と礼を言うだけであった。この時の約束手形13枚(金額合計約17億円)は決算終了後もA氏の手許に返還されず、便宜上で書いた「債務完済の確認書」が後の裁判で鈴木に理不尽な主張をさせることになるのであった。鈴木の陰謀は留まるところがなく、益々A氏を窮地に追い込んで行った。
鈴木は、親和銀行事件で逮捕されたのが平成10年5月末、未決で保釈されたのが同年12月、そして刑が確定(懲役3年・執行猶予4年)したのは平成12年9月だった。この間(約2年10か月)に西と結託してA氏を裏切り、株取引で莫大な資金を稼いでいたのだった。鈴木は有罪判決が確定した事でエフアールの代表取締役と株主の権利が剥奪され、社会的制裁を受けたが、株取引で莫大な資金を獲得した鈴木にはたいしたダメージは無かった。
海外に設立したダミー会社名義で株取引をしていた為に、表面には全く鈴木の名前が出ていなかったが、証券業界の一部では鈴木がA氏からの資金で大儲けしている噂は語られていたようだ。それにしても親和銀行事件での鈴木の判決は異常に軽いものだったが、親和銀行への損害賠償(和解)金は約17億円という莫大な金額だった。エフアールの創業者としての立場や代表取締役、大株主という立場を失った鈴木には支払える資金などある筈が無かったにも拘らず、鈴木は支払った。宝林株の利益金約160億円を隠匿していた鈴木にとっては苦労なく支払える金額だった。損害賠償金を支払ったからこそ懲役3年・執行猶予4年という判決が出たのだと想像できる。この判決には西の紹介で親和銀行の顧問弁護士に就任していた田中森一弁護士と鈴木の代理人であった長谷川弁護士の間で「談合」があった事は間違いのないところだろう。田中弁護士は西を通じて鈴木が莫大な資金を有していることを聞き、長谷川弁護士は鈴木本人からA氏との経緯や隠匿している資金のことを聞いたうえで鈴木が約17億円という損害賠償金を払えることを確信して田中弁護士と談合したに違いない。この談合が功を奏し、考えられないような軽い刑が決定したのだ。田中弁護士、長谷川弁護士はこの時、鈴木の悪行ぶりをほぼ全て知ったと思われる。そして、口止め料として田中弁護士には多額の報酬が支払われたと思われる。田中弁護士は「裏社会の守護神」と呼ばれ「ヤメ検の悪徳弁護士」として有名だったことを考えれば不思議な事ではない。また、長谷川弁護士もこの時から鈴木の全ての悪事を把握していたのは間違いのない事で、高額な報酬を受け取っていたと思われる。西も同じく田中弁護士の紹介者として鈴木から礼金を受け取っていたと考えられる。これらの金は全て裏金の為、現金で処理されどこにも証拠は残っていない。「法の番人」と言われる弁護士が高額な報酬と口止め料の為に、鈴木のような法を恐れない悪人に加担したという呆れた一幕であった。
親和銀行事件でエフアールの創業者利益を逃した鈴木は、表面的には第一線を退いたように見せかけ、実際はエフアールの実権を離さなかった。鈴木は、A氏を騙して蓄えた豊富な隠匿資金を利用してエフアール株を大量に購入し、相場を操作したのだった。この相場には宝林株にも参入した西田晴夫も参戦し、宝林株相場で親しくなった鈴木と共同戦線を張った。エフアール株を大量に仕込んだ鈴木は増資を誘導し、第三者割当の発行やユーロ-債の発行を立て続けに実行して約40億円の売買利益を得た。この相場には「セレブ夫妻殺人・死体遺棄事件」の被害者としてマスコミを大いに賑わせた霜見誠も参加していたのだった。霜見も多額の利益を上げたようで「エフアール株相場で人生が変わった」と周囲の知人に話していたという。鈴木と霜見の出会いはこの時だった。この時点で鈴木の隠匿している売買利益は300億円に達していた。鈴木はスイスの隣国リヒテンシュタインに「JOF」というファンドを組成してファンドマネージャーに霜見を据えた。JOFのオーナーはダミー会社の名前を使い表面的には鈴木の名前は出ないようにしたが、実質は鈴木がオーナーだった事は周知の事実だった。鈴木は、霜見に指示してクロニクル(旧エフアール)の株を大量購入しエフアール株の時と同様の手法で莫大な利益を得たのだった。この売買利益も霜見の協力でタックスヘイヴン地域のプライベートバンクに移動させていた。この事で霜見は鈴木の秘密を知る事になった。
鈴木には紀井氏とは別にもう一人スカウトした茂庭というスタッフがいた。茂庭は自主廃業した山一證券の海外駐在社員として活躍していた人間で、タックスヘイヴンに関する知識も深かった。鈴木が日本の株式相場で得た利益金の管理を任されていた経緯から、紀井氏とは違った立場の「懐刀」だった。一方、JOFはクロニクルの相場が終息すると自然消滅するように証券業界で名前を聞かなくなった。鈴木はクロニクルを株主という立場で支配することに成功した。鈴木は、相当に深い株取引の知識を持ち、用意周到な準備と違法を厭わない手法で倍々ゲームのように資産を増やして行った。それもこれも、元はと言えばA氏の援助で始めた株取引であり、本来ならばA氏に債務を完済し、「合意書」通り経費(買い支え資金)の清算をしたうえで配当金を支払わねばならなかったのである。鈴木のやったことは「坊主丸儲け」に等しく、元金も買い支え資金もA氏を騙して援助させ、利益を独り占めにするという前代未聞の大悪党が鈴木義彦という男なのだ。
西は、ここまでの鈴木の悪知恵には気付いていなかったようだが、30億円の配当金は受け取っていたことを自ら明かしている。鈴木と西は全てをA氏に内緒にして裏切り続けていた。そうとは知らずにA氏は2人からの色よい報告を待ち続けていたのだった。西はこの時点においてもA氏に「買支え資金」を依頼していてA氏はその依頼に応じていたようだが、西が依頼してA氏が協力していた「買い支え資金」はどのように使われていたかは西以外誰も知らなかったのではないか。多分鈴木も知らなかった可能性がある。A氏の被害額は雪ダルマのように膨らんで行った。(以下次号)