最高裁戸倉長官に物申す「裁判所には誤判を正す自浄能力は無いのか」3

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

裁判での平林英昭、長谷川幸雄の両弁護士が取った方針は、被告鈴木義彦の虚偽証言を補強し、同時に原告を必要以上に誹謗中傷することで裁判官の心証を有利に運ぼうとしたことの証明
鈴木の虚偽証言は、平成18年10月16日の協議でいったんは認めた事実さえ覆して原告の請求を全て否定するものだったが、平林英昭、長谷川幸雄の両弁護人の主張(陳述)はそれに輪をかけてひどいものであった。

(写真:長谷川幸雄。裁判終結後に弁護士を廃業した)

前述した原告の鈴木への貸付について原告を「プロの金融屋」と規定して「有り得ないこと」という言葉を連発する一方で、原告が反社会的勢力と密接な関係にあるだけでなくその暴力団関係者を金主元として金融業を営んでいると根拠なく事実に基づかない主張を並べ立てた。
長谷川幸雄弁護士と鈴木の質疑応答をまとめた「質問と回答書」では、さらに踏み込んで、原告が親密にしているという暴力団とそのトップを名指しまでした。また実際には面談の事実が無いのに「平成14年3月頃に(原告に)呼び出され、完済したはずの債務の二重払いを迫られた」と言って、その後に鈴木が直筆で書いた15億円の借用書に偽の理由付けをしようと謀った。しかも、鈴木は西が自殺して真実を語れないことを悪用して、原告と反社会的勢力の密接関係を西から聞いたと言い、「原告に逆らえば、どんな危害を加えられるか分からず恐怖を感じた」とまで前記「質問と回答書」に書き記したのである。

品田裁判長が主導した判決は、以上の事実関係を、何ら理由を付すことなく悉く排斥して原告の請求を退けてしまった。重要な事実認定をするに当たって、仮に的確な物的証拠が不足していたとしても、原告の請求が正当であることを裏付ける多くの事実があり、それを証拠として提出したにもかかわらず、裁判官はその検証すらも怠り、漫然と鈴木の主張を採用したのである。そこには合理的な判断過程もなければ説得的な論証もない。このように判決が余りに偏向しているために、裁判官としての適性を疑うものである。それ故、最高裁長官においては、改めて原審および控訴審判決を読み、品田裁判長の誤判を正す適切な対応を取って戴きたい。

(写真:平林英昭弁護士。代理人襲撃事件の実行犯が所属する暴力団総長と複数回面談するなど、弁護士の倫理規定に反した言動を繰り返した)

また、上記事件からも理解できる通り、更なる問題としては、裁判所の、もしくは三審制をとる裁判制度が、上記のような問題のある裁判官や判決を改める自浄作用が全く働いていない点である。
本来であれば、ここまで偏った事実認定、社会常識的にまかり通るはずのない無理のある法律構成による判決がなされるのであれば、これは控訴審で破棄され訂正されなければならなかった。また、控訴審における裁判官の目から見ても、一件書類を目にすれば誤った判断をしていることは明らかであった。それにもかかわらず、控訴審においてこの是正がされず、結果として品田裁判長の意味不明の判決が確定する事態に陥っているのである。
このような結果となってしまったのには、控訴審裁判官における一審裁判官に対する無用な忖度と控訴審の拙速な進行が根底にあるものと思われる。
ある高裁裁判官から聞いた話では、控訴審においてはまず判決を見て、そこに違和感がなければ基本的には控訴棄却の方向で考えるというやり方をしているとのことである。標記の事件は、一審判決を見ても事実認定の判断過程が分からない、法律構成において合意書面を心裡留保にて無効とするという特異な判決であって、通常の裁判官であれば一読して違和感を持つものと思われるところだが、この点は措くとしても、続審とはいえ当初の心証形成を原審判決に頼るとすれば当該判断に引きずられ公平中立な判断に至れないこともままあるものと思われる。また、控訴審において原審を破棄すると原審裁判官の評価に影響するという制度上、控訴審裁判官として原審の破棄をすることに躊躇するという話もよく聞かれる。
さらに、現在の東京高裁の運用においては、主張立証の機会は原則として第一回期日までとされ、控訴からわずか3、4か月程度で判決に至るケースが少なくない。このような短期間の審理では控訴審における審議、検討が形骸化し、また数をこなすために、(破棄とするとその理由や自判のための判決の作成に時間がかかるため)原則として原審維持とせざるを得ない裁判実務があるように思われる。
これらの結果として、控訴審判決のような、何ら中身を精査しない無駄な判決が出されることとなる。そして、当事者にとってはこのような結果は非常に重大な不利益を与えるものであり、当然妥当すべき理屈が裁判所では通用しないという非常識な事態に対し、強い反感と不信感を持たざるを得ない。

戸倉長官には釈迦に説法ではあるが、裁判所は司法の一翼を担うものであり、裁判官の独立と裁判に対する国民の信頼の上に成り立つ紛争解決機関である。その国民の信頼を失う事態となれば、それは裁判制度の維持が困難になる危険性すら孕むものである。刑事事件における裁判員裁判は、その成立過程や現状については種々議論があるものの、刑事事件へ国民の意見を取り入れるという導入目的自体には批判はない。これは裁判官には国民感情を理解しがたい、裁判官のみの裁判では国民の意見を汲み取れていないということの裏返しであり、刑事司法に対する不信が顕在化した一例であると思われる。
民事裁判において国民の意識、常識が反映されていないという世論は未だ醸成はされていないものの、標記事件のように、SNSにおいて大きな反響を呼び担当裁判官に批判の声が数多く集まっている現状をみるに、裁判所の信頼が揺らぎ始めているといえる。

以上、品田裁判長による判決がいかに矛盾に満ちた整合性の無いものであるかが分かるはずである。過去には原告の関係者たちが前任の大谷直人長官宛に品田、野山両裁判長への対応要請で書面を送っていたが、大谷長官は一切無視して何一つ対応しないまま退官した。裁判所としては前例がないことかも知れないが、それではまさに裁判所組織の腐敗を長官自ら是認しているようなものではないかと思われる。
鈴木の悪質さが裁判で全面的に溢れたような虚偽構築であることを、品田、野山の両裁判長が、特に合意書に基づいた株取引に係る原告の主張や証拠類を悉く排除したのは、鈴木による違法行為を容認しただけでなく、今も継続している脱税行為に目をつぶったことに等しいと言える。これまでに触れたように、鈴木がタックスヘイヴンに拠点を置くペーパーカンパニーを100社以上も用意して株取引を継続実行した事実を明示する合意書と和解書の存在および紀井氏の証言や陳述書、鈴木が審理の過程で何回も主張を変転させた事実および長谷川幸雄弁護士(当時)の主導による法廷偽証等を詳しく検証すれば、最低でも品田裁判長がこれほど誤った判決を下すことはなく、野山裁判長も誤った判決を支持できるはずもなかった。
今後、裁判制度から見れば、原告による再審請求を受理した上でのことになるのだろうが、少なくとも戸倉長官には、現に悪化している裁判所の信頼回復と裁判官の質の向上を目指す組織改革を断行し、このような大きな過ちを冒した判決を裁判所自ら見直して真実の究明を図る制度改革を進めることを改めて望むものである。(つづく)

2023.07.06
     

SNSでもご購読できます。

    お問い合わせ